「宮の正面 お寺のうしろ、尾端(おばな)、谷尻(たにじり)、ナワメスジ」この言葉を知っているだろうか。
「宮の正面」とは神社の社殿やお堂の正面、「お寺のうしろ」は寺の背後で墓地があるところを指す。
「尾端」とは尾根の突端で風の通り道にあたり、「谷尻」は谷の最奥部で大水の災害を受けやすい。
参考文献:妖怪伝説奇聞
この言い回しはそこに家を建てると良からぬことが起きるとされる場所や地形をいい、注意を促す中国地方の古い格言だそうである。
ではナワメスジとは?
Wikipediaによると、「縄筋(なわすじ)は、日本の民間信仰の一つで、悪魔や化け物の通路とされる道のこと」とある。
ナワスジが訛って、ナワメスジ、ナマムメスジ、魔物筋(まものすじ)、ナメラスジとも呼ばれるようになったらしく、長く連続した筋(一本道)であり魔物が通る道と考えられている。
いろいろな言い方があるが、ここではナメラスジに統一しようと思う。
先の書、妖怪伝説奇聞にはナメラスジにおける怪奇現象がいくつか載せられており、丑三つ時にナメラスジを通ると上半身だけの花嫁姿(角隠し)の娘がナメラスジのところだけチョロチョロと出てきたり、テンコツチ(ギンヅチ?ツチノコの一種か)と呼ばれるものや竹の皮を張った傘がコロコロと路上に転げては通行人を惑わしたり、風がないのに轟々と木の葉が揺れるなど妙な現象が起きるとある。
牛の魔物が夜中に寝そべっていたり、神隠しもあったらしい。
そんな不思議なナメラスジが生月にあるかどうか知りたくなり、こっそりひっそりと探しているうちにとある情報が手に入った。
「舘浦地区のアコウの木の辺りがヤバイ」
このアコウの木というのはガジュマルのような雰囲気が漂う木で、普段はなかなか見ないけれど島には必ず1本はあるとのこと。
どうヤバイのか?これは見に行かねば!と思いつつ月日が流れ…
本日、そのアコウの木をやっと見ることが出来た!
アコウの木の脇には確かに一本道が続いている。
この辺りではバケモノがでるという噂があり「ここから向こうへは行ってはいけない」と言われていたようだ。現世とあの世の境のような場所なのか。
では早速ご覧にいれよう!
なっ!!
なんだこれ!スマホで撮ったのだが、オートフォーカスなのでピントがボケた写真を撮るほうが難しいくらいなのにこんなにキレイなピンボケ写真が撮れてしまった。
思いなおして再度パチリ。
むぅ……。
撮っている時は気付かなかったが、後から見たらフレアが写り込んでしまっていた。
なんとか見れる写真がこれ。
しかしこのアコウの木はすごい生命力だ。
ブロック塀を跨いで?壊して?成長している。
今回アコウの木を訪れた時は午前中ということや、数人の人たちと一緒にいたため奇怪な現象は何も起こらなかった。
もしここがナメラスジならば、不思議な現象の詳細やその近辺の家々にかつて不幸があったのかどうか調べてみる必要がある。
現在ではナメラスジは魔物の通り道とされているが、元々は神の使いが通る道だったようである。
人々の信心が廃れていくうちに神の使いであったものは魔物となっていく。
ん?!これは河童と一緒ではないか!!
もとは水神の使いだった河童が妖怪へと堕ちてしまったのである。人間が水を支配できるようになったために。
んっ?!まてよ!
生月では河童はまだ水を操る神の使いとして存在している。妖怪ではない。
生月ではカクレキリシタンを始めいろいろな信仰が混じっており、現在でもとても信心深い。
水神信仰もあり、我が家でも井戸神様を祀ったり、牛のお産時に血液が用水路に流れた時はお清めの塩を撒き、牛のお産後3日間や月経時には池に近づかないようにしている。
その水神とは河童(がわっぱ様)のことなのだ。
このように世間では妖怪とされている存在がかろうじて神の地位(または使いとしての地位)を保っている生月では、このアコウの木の辺りがナメラスジならばここを通るものは魔物ではなく神の使いである可能性が高い。
どんな神の使いなのか?
非常に興味のわくスポットである。
この道を先に進みたい気持ちをぐっと抑え今回は後にしたが、ナメラスジとは別にして、実はこのアコウの木にとても惹かれている。
今度見る時はもっと近くに寄って触れながら眺めたいのだが、路地を入り込んだところにあるので1人では行けそうにない…。
辿り着く前に迷子になって「狐に化かされちゃってさー!」となりそうなので、またいつか誰かが行く機会を狙って付いていこうと思う。
また新情報が入り次第、ここで報告する。
以上。
posted by shell at 22:04
| 長崎
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